聖 書 ルカによる福音書 8章19-21節
ローマの信徒への手紙 12章9-15節
讃 美 歌 543 キリストの前に
549 わたしたちを造られた神よ
交 読 詩 編 139編13-18節
招きの言葉 イザヤ書 61章10節
皆さんには、愛唱歌があるでしょうか?
もっと平たく言えば、好きな歌ということですが、クリスチャンであれば
愛唱讃美歌や愛唱聖句というものがあります。
子どもの頃、母がよく語って聞かせてくれた聖書の言葉は、ローマの信徒への手紙12章13節の言葉だったと記憶しています。
現在の翻訳では、「旅人をもてなすよう努めなさい」となっていますが、当時使っていた口語訳聖書では、「努めて旅人をもてなしなさい」となっていました。
その「努めて」という言葉の響きが心に残ったので、よく覚えていました。
母の生涯を語る際に、旅人をもてなすという表現が真っ先に思い浮かぶのは、語って聞かせてくれただけでなく、母の生き方、あり方がまさしくこの言葉の通りだったからです。
母は、わたしが牧師になることに賛成し、同意してくれましたが、『本当はあなたには牧師を支える信徒になって欲しかった』と言われました。牧師の働きや立場を考えて支えることのできる、良き理解者になって欲しいということだったと思います。
「努めて旅人をもてなす」ことを実践した牧師である父を支えながら、自分自身もその実践に努めた母でしたが、その牧師の働きを覚えて支えることのできる良き理解者が得られることは自明のことではなかったからです。
信徒からの勝手な期待や、あるいは無理解に悩んだことも多々あったと思いますが、そういうことは息子たちには一切語りませんでした。
牧師の家庭で育ち、その苦労を垣間見ながら自分が理解したことを将来に生かして欲しいという母の願いであり、その思いを息子に託すことができればということだったのだと思います。
聖書の言葉がどうやって神の言葉になるのかと言えば、それは実際にその言葉の通りに生きた人の証しが誰かの血となり肉となって残るからです。
わたしにとっては、母も父もすでに天上の人となってしまいましたが、その生きた証しは「努めて旅人をもてなしなさい」という言葉の中に生きていて、その言葉をわたし自身が生きようとする時に、母と父の霊を確かに感じることができます。
だから、もしわたしがイエス・キリストを信じる者となっていなければ、母と父の生きた証しを聖書の言葉の中に発見することはなかったかも知れません。
今朝は、母の日を覚えて礼拝をしています。
なかなか伝える機会のない日頃の感謝の想いを、お母さんに伝えようというものです。
母の日にカーネーションを贈る習慣はアメリカが発祥で、戦後、日本に定着したものです。
今、わたしは、母が大切にしてきたことを確かな遺産として受け取ったのだと、母への想いと共に語りましたが、母の日が始まった経緯(いきさつ)もやはり、一人の女性が自分の母のしたことへの感謝の想いから生じたことでした。
アンナ・ジャービスという女性が、母のアン・ジャービスが広く行った医療補助活動、平和活動、そして子どもたちへの教育活動とその貢献について後世に残したいという思いから、母の死後、教会で記念会を行いました。
アンナ・ジャービスの思いに共感し、母親の大切さを再認識した人々は教会に集い、その時に記念の印として娘のアンナが配ったのが母の好きだった白いカーネーションだったのです。
この集いが全米から注目されることになり、1915年にはアメリカで5月の第2日曜日を「母の日」とする法律が施行され、母の日が生まれたのです。
日本では大戦後に、アメリカの母の日の由来である5月の第2日曜日を母の日とし、やがてその習慣は日本の文化に溶け込み、多くの人から親しまれる記念日となりました。
記念日というものは、本来、とても重みのあるものです。
一人の人が何かを成したこと、それも自分のためにではなくて、他者の援助や成長のために自分の時間と労力とアイディア、そして献金や寄付を行うことは尊いことです。そして、貢献した個人を称えるというよりも、その活動や精神を受け継いでいくということに意義があります。だから、記念するのです。
それは、アン・ジャービスさんのように全米から注目されるような活動である必要はなく、巡礼の旅人に一杯の水を差し出す優しさと思いやりで十分なのです。
「努めて旅人をもてなしなさい」
この言葉から学ぶことは、そのもてなしを受けた人が感謝の思いを持ち、その人が同じように旅人をもてなすことによって、その意味は次の人に自然と伝えられていくということです。
信仰ということは、人の生き方、あり方そのものであり、その人の生きた証しです。だから、誰かの信仰の証しというものは、その人が大切にしてきたことを他の誰かが自分の生き方によって継承し、そうやって手渡されていくものなのです。
現在では、母の日を祝うことに消極的にならざるを得ない事情の中にいる人がありますが、それでも記念するということは大切にしたいと思います。
イエスは、『あなたの息子は気が変になっている』と言われて連れ戻しに来た母親や兄妹を見て、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。
ルカによる福音書8:21
この言葉を聞いて奇妙に思わない人はいないと思いますが、神の家族というものは血の繋がりによる限界を定めないものです。
イエスは自分の母や兄妹のことを軽んじたのではありません。もし自分を連れ戻すというのであれば、それは神の言葉を信じて行う者ではなくなり、もはや真の家族とは呼べなくなるからです。
わたしの母の生き方においても、神の家族という考えがありました。
子ども達の服を手作りし、成人を過ぎても手編みでセーターを編んでくれましたが、教会に来る人には分け隔てなく接して迎え入れ、温かいお茶や手料理でもてなしました。
だから、教会にはいつでもわたしの母がいて、たくさんの兄弟姉妹がいました。
アン・ジャービスさんは、アメリカの南北戦争時代に負傷兵への衛生環境を整えることに尽力をしましたが、そこでは南北の敵味方関係なく、病気や怪我をしている人に手を差し伸べ、救ったそうです。
人の命を守るということは、それこそ男女に関係なくできることだと言われるかもしれませんが、娘のアンナさんにとっては、母という人格においてジャービスさんが行ったことを人々の記憶に留めるために記念したかったのではないかと思います。
そのことを素直に受け入れ、評価することは、母の日にふさわしいことだと思います。
In memory of my mother, 一人ひとりが「わたしの母を記念して」語るべきことに想いを巡らせてみましょう。